リリカルナタワゴト

岡山在住、自虐的な自称映像作家、坂星るぅのブログ「リリカルナタワゴト」にようこそ。

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映像のコピーとヲリジナル:破 Bパート

クロッシング2クロッシング1上の作品は彼を代表する作品の一つである「クロッシング」という題名のビデオ・インスタレーションで、片方のスクリーンでは男が手前に歩いてきて立ち止まり水浸しになって消える様を、もう片方のスクリーンでは男がまた手前に歩いてきて立ち止まり、今度は火だるまになって消える様をスーパースローで表現しています。

そしてその二つの映像が表示されているスクリーンは、表裏一体の構造となっています。観覧者はそのスクリーンが吊るされている、映像に相まった大音響が鳴り響く空間を一方からもう一方へ行ったり来たりすることによって、この作品を体験していくことになります。

私が今年の三月に行った兵庫県立美術館で行われていた「ビル・ヴィオラ はつゆめ展」では、タテ10m前後はあるであろう大型のスクリーンに投影されていました。

キャサリンの部屋また「キャサリンの部屋」という一連の作品では、一人の女性が部屋で暮らしていく様を5つの違う時間軸を用いて表現されており、そのそれぞれが別々のモニターで表示されることによって、絵画でいえば連作とも呼べるような様相を呈しています。ビル・ヴィオラの作品が「動く絵画」といわれるゆえんだなと思いました。


中折れになるかもしれませんが、今までこれらの作家をあげていく過程で気づいたことを言うと、これらの展示する空間を含めたと思しき作品を観たときに私が思ったのは、これらのオリジナルとコピーの境界は、演じているものが生身の人間か否か、脚本の有無をのぞいて演劇が持つオリジナリティに近いのではないかということです。

つまり観客はその作品が生み出す時間と空間を、他の観客と共有しているという意味において、演劇と変わることはないのではないかと考えました。ただ演劇と違うところは、その体験の中核となるものが俳優のアクションではなく大量複製可能なメディアによってなされたものであるということだということです。

続いて、これもまた有名な映像作家ですが、ナムジュン・パイクをあげたいと思います。
その後、現代における前衛的な映像作家についての講釈とそのオリジナルの根拠、そこから転じてインスタレーションの定義とは何かなどを解説していきたいと思います。

破 Cパートへつづく
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